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ガーデン プレイス


■恵比寿ガーデンプレイス株式会社

恵比寿ガーデンプレイス株式会社は、グループ内不動産事業の資産所有・管理・運営・開発を行っています。主要事業として「恵比寿ガーデンプレイス」と「サッポロファクトリー」を中心とした都市開発事業および不動産事業があります。今後は、これまで培ってきた都市開発のノウハウを最大限活かし、個性ある企業を目指していきます。
恵比寿ガーデンプレイス株式会社はサッポロホールディングスのグループ企業です。

●恵比寿ガーデンプレイス

恵比寿ガーデンプレイス(えびすがーでんぷれいす)は、サッポロホールディングスグループが東京都渋谷区恵比寿四丁目並びに東京都目黒区三田一丁目で展開する不動産事業の総称である。また、地帯一帯の名称でもある。

恵比寿の中心市街地からはやや離れているものの、JR恵比寿駅から動く歩道「スカイウォーク」で直結されている。ショッピング、オフィス、飲食から住居に至るまでさまざまな機能を兼ね備えた、東京都における都市開発の代表的存在である。

吹き抜けが外部と通じているので、同種の構造を持つみなとみらいのクイーンズガーデン(外気と遮断されている)などに比べて快適に利用できる時期は限られている。そのため集客の望めるクリスマスや夏休みの営業成績が伸びないのが難点であるとされる。温暖湿潤で、雨(雪)が多く、多湿、高温、低温である時期が一年のうち殆どである日本の気候での半屋外施設の設置に課題を投げかけた。

●恵比寿ガーデンプレイスの歴史
日本経済が高度成長期を迎える数年前から、ビールの需用は大きく伸びていった。
目黒工場では旺盛な需用を賄うため、毎年のように施設・設備の増設工事を行う。
その後は低成長の時代に入ったこともあり、需給関係に即した増設を行っていった。
しかし、それも容易にできなくなったのである。都市の環境問題によるものであった。
恵比寿工場(1971年、目黒工場はヱビスビールの復活発売に際し工場名を変更)のように都心にある工場では1980年代頃から様々な規制が設けられ、自由な増設工事が不可能となったのだ。
そのことがなかば契機となり、社内では工場の移転問題が討議されはじめた。

恵比寿工場の移転問題がにわかに具体性を帯びてきたのは、1982年(昭和57)、東京都、目黒・渋谷両区が工場を核とした周辺地域の再開発計画について、サッポロビールの意向を聞きたい、との申入れがきっかけであった。
2年後、東京都は「恵比寿地区整備計画基礎調査報告書」を発表。会社もこれら再開発構想を受け、1985年、工場の閉鎖を決定。同時に跡地の再開発を進めることとなった。
1988年には恵比寿工場が千葉県船橋市に移転。1991年(平成3)に「恵比寿ガーデンプレイス」の名称が決定されるとともに建設工事が着工された。
そして、1994年10月8日、水と緑の街「恵比寿ガーデンプレイス」が開業。約1世紀にわたってビールを造り続けてきたこの土地は、新たな歴史を刻みはじめたのである。

URL[ http://gardenplace.jp/ ]

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